【ハウルの動く城】
2004年、ジブリ作品。
あまりにも有名すぎる巨匠の名作。
そして今更感満点のチョイス。
有り難う( ´ ▽ ` )ノ
数あるジブリ作品の中でも、監督自身の最終引退宣言時に遺恨作の一つとしてあげられていたことに深く感銘を受けていた僕は…
そんな監督の思いを勝手に汲み、ぜひ再評価してみたいと常々思っていたという衝動からの今回のチョイス宣言。
である。お許しいただきたい。
登場人物、ストーリー、設定においてメタファーを十二分にもたせ風刺を挟みつつも視聴対象はあくまでも【世の子供達へ向けたおとぎ話であること』という宿命の星の元に生きておられる鉄人、いや哲人である。
もはや、巨匠のジブリ各作品には裏設定とその解説や都市伝説が山ほどあるのは周知の事実なんだけど…なんだけど…
この作品に関して、あまりにも正当評価が少ないんじゃないだろうかという疑念があったので。メルヘンチックなラブロマンスで片付けられているのも…引っかかるっす。
何よりも注目したいのは、ハウルとカルシファーの出会い。少年時代のハウルの思い出の地にて、満点の星空からこぼれ落ちる星々。しかし、地に堕ちるそばから星は溶けて光を失い始める。
その星とは
《使命》のこと。
世のオヤジたちよ、思い出してみようじゃないか。少年の頃に抱いた将来の夢。中二病真っ只中の頃に感じたやるせない怒り。それは、君が受けとめたカルシファーだったんだよ…ハウルはそのカルシファーに微笑みかけて、次に飲み込む。するとカルシファーはハウルの心臓を伴って体内から出てくる。オヤジたちよ、使命なんてのはいつでも、どこにでも、降り注ぐ星屑のようなもの。誰にも受けとめられなければ、地に堕ち人知れず溶けて無くなるのさ。そうだろ、オヤジたちよ。
そして、その生涯を差し出す勇気さえあればいいという悪魔の契約。しかし、それは僕らのイメージする悪魔とはなんか違う。なぜなら、使命感こそ生きる意味であり、生きて行くための原動力じゃないか!でもね…ほら、カルシファーってさ、動く城の原動力でありハウルの魔法を支えてたろ?
なぁんだ、じゃあ、いい悪魔じゃんっていうのは勘違いだよ。やがてハウルはその使命感にのめりこむあまりバケモノの姿へと変容していく。使命こそが少年の心に光を灯したが、それは命を捧げたものを変容させていくんだよ。なんで変容させるかって?
より大きな使命へと向かわせるからさ。より大きな使命にはより大きな力が必要となり、もはや人の力だけでは立ち向かえないからとでも言っておこうか。
この薄汚れた世の中の理不尽な道理を闘い生き抜くためには、自分をバケモノにでも変えていかなくちゃならない。身にしみてるオヤジならドキリと感じるだろ?
Σ( ̄。 ̄ノ)ノ ドキリ←私でございます。
気づいた時には後戻りなんかできないとしても、それでもいいのだ、使命感があればこそと。
そんなハウルとカルシファーの出会いを見たソフィーは深く感動し、気がつく。彼がバケモノになってまで果たそうとする使命という悪魔の正体に!
世のマドモアゼルたちよ!うちの亭主の体たらくぶりにうんざりしているなら、亭主の少年時代についてちょっと聞いてみちゃどうだろう?男の本質は必ずその少年時代に隠されているものなんだよ。どんな夢を描いて、どんなものが好きだったか?どんなに馬鹿げた夢だろうが、子供染みてようが、間違っても笑ってはいけない。もし、それだけ純粋だったんだねと可愛いく思えたなら、亭主はあなたをどこまでも守ってくれる!その亭主や彼氏があなたにとってふさわしいかどうかは…実は…彼の使命の中身じゃないんだ。どんなに崇高で素晴らしい使命かなんてことで選別している限り、あなたの理想のお相手は現れないだろう、きっと、ぜったい、かならず、何が何でも!(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾力説。
誰にも気付かれなければ消えゆく星(使命)を可哀想に思い、少年ゆえの好奇心から、悪魔との契約から、やがて理解に苦しむ使命のせいでバケモノへ。さあ、どうすればいいのだろう?
この作品が当初反戦テーマを掲げながらも、戦火の悲劇を描く矛盾だらけと揶揄され批判的に受け止められたのは、僕ら側の理解不足というよりは、僕ら自身がバケモノだったからに他ならないのじゃないだろうか。戦場で傷つき街が焼けても、はたまた犠牲者を作ろうともそれは使命のためだから、しょうがないのさと自分をごまかして。バケモノがバケモノを見ても気づかないと言う理屈だ。こんにちはと挨拶して、すれちがう程度に。世間様というのは無責任なもんで、環境問題、環境保護には賛成してくれる。自分と本質的には直接関わらないと知ってるからだ!明日からすぐにでもガスマスクが必要だとはならないと分かってるから、環境保護に賛成。これが最後のトイレットペーパーだとはならないの知ってるから、森林保護も賛成。
しかし、こと自分の心の奥底をエグられる事実を突きつけられると自然に拒否反応を起こす。それは火急いま目の前で起こる内部爆発であり、気付いた瞬間には胸元をエグられているからだ。
つまり…
その使命感が悪魔なら、俺たちがこれまでしてきたことは、なんだったんだ?この努力は報われないのか?生きる目標を支えてくれてた、それの正体が悪魔…だったなんて受け入れられるわきゃねぇだろ!
と…🙅♂️
亭主の考えてるこたサッパリ理解できません!それが悪魔のせいだってんなら…納得よ。せいぜい悪魔と駆け落ちでもしてくれりゃあ、あとは悠々自適な生活ができるわ❤️
と無関心なマドモアゼル…🙅♀️
宮崎監督はその作品テーマにおいてするどく本質を見定め、突いてくる。彼は鉄人ならぬ、哲人に違いない。尊敬してます。
さて、ハウルの使命とはなんだったのか?
いや、厳密にはハウルが飲み込んだ…
カルシファー…とは、なんだったのか?
気づいたろうか?
それは、《守りたい》
それだけだったんじゃないだろうか。ソフィを守りたい…じゃなく!
ただ、守りたい。
この先の未来に現れる誰か、はたまた、自分を守りたい。プライドを守りたい。自由を守りたい。今の暮らしを守りたい。そこにある何かをただ…守りたかった、ソレだけ。
だから、彼はソフィーに出会うまでプレイボーイな自分を守るため、荒地をさ迷い逃げ回る生き方だった。しかし、守りたい人に巡り会い。自分なんかを守るより、大切な人を守る側になることにも使命は使えると気づいた。その方が、喜びも多いことに…。
同じくして、ソフィーもそんなハウルの悲劇的な使命に気づいてしまった。守らなくてはいけないという使命に追い込んでいる原因が自分だと。彼は、自分…プライド…生活…そして私(ソフィー)その対象は変われど、呪いの様に染み付いた使命感(ただ、守りたい)によって自分の首を絞めていることに。
ソフィーは、ハウルに心臓をかえす。ハウルの少年時代のままの心を戻してほしいと願って。あなたはあなたのままでいいのと。カルシファーとハウルの心臓が融合して燃えていたという描かれ方には驚きである。でも、男とはそういうものじゃないか?僕らはなんにせよ使命感に燃えれば燃えるほど、心(心臓)を失っているのだから。バケモノになっていくのも頷けるではないか。ソフィーは心臓をもどされたハウルに教える。『そうよ、心って重いの…』その瞬間、カルシファは自由の身となり何処かへ。寂しいからって理由で戻ってくるあたりはご愛嬌か。
いや、彼はそれを何のためにつかったかを改めて考え直せば…
貴方の亭主が家庭も顧みない熱血仕事人であったなら、趣味没頭型の浪費家なら、女心もわからない自己中KY…なら。その理解に苦しむ使命感の種類・優劣・中身が問題なのではなく…使命感そのものが彼を追い立て、苦しめている元凶。
お分りいただけたマドモアゼル!今すぐに出掛けていきなるべく心の汚れきった男をさがしにいくといい。それも荒れ地のその先…きっと、あなたを待ってくれている。バケモノになりながらも彼はあなたが現れるのを待っている!
もしくは、探しにいくまでもないリビングで飼っているというなら、そのバケモノにそっと呟いてほしい。『いままで。ありがとう。あなたはあなたのままでいいの。今のままで、幸せなんだから。』と。
間違っても(キムタク風の)ハウルみたいなイケメンですら、使命ゆえにバケモノをかかえていることを忘れてはいけない。
ここまで言うと、男ってガキよねえと言いたくもなるだろうが…女性からその使命感をおろされた男はあなたにかけられているであろう呪いをいとも容易くといてくれる。
ソフィーの『人に話すことのできない呪い。』
とは…
『心の奥に染み付いている思い込み』
である。思い込みとは本人にとっては思い込みとは気づかない当たり前の感覚だから人に話しようもないわけだ。なんせ本人が気づいていないのだから。
だから
『思い込み』
なのである。
ジブリ作品で描かれる魔法とは思い込みのこと。大なり小なり、タネを明かせば、思い込みのこと。
呪いとはあなたがその思い込みゆえに気にしてる周りからの評価みたいなものさ。
こうしてみると、男も女もお互いが呪いを受けそれに気づけずにいるままなのである。仕組みがわかると簡単に解けてしまうと言うのに、わかっちゃいるけど…『勇気をださなくちゃね』とはソフィーの台詞だ。
余談だが、このテーマをより昇華させたのが『風立ちぬ』だろう。宮崎作品最後にして、集大成となったテーマが…
やっぱり愛だった…
ハウルはなぜ戦火を飛び回っていたのか?
荒地の魔女はなぜ魔力を失って年老いたのか?ハウルは老いなかったのに…
サリマン先生の提案した悪魔と手を切る方法とは?
サリマンの教え子たちはなぜ茶髪なのか、そしてハウルの髪が地毛の色に戻ったのはなぜ?
全てがつながった時、この真っ暗闇の世界に光を灯してくれる、あなたのほんの少しの勇気だけで…それは使命でも義務でもない。